
「大丈夫。そのうちできるよ。」
夫は優しく笑ってそう言いました。
きっと励ますつもりだったんだと思います。
でも、その言葉を聞いた瞬間、私は何も返せませんでした。
「そのうちって、いつ?」
心の中ではそう叫んでいたのに、口から出たのは「うん。」の一言だけでした。
不妊治療は、夫婦で頑張るものだと思っていました。
結婚したら子どもができて、家族が増えていく。
そんな未来を当たり前のように想像していました。
でも、思うようにはいきませんでした。
何度タイミングを合わせても授からない。
病院へ行き、検査を受け、
「少し不妊治療も考えていきましょう。」
先生からそう言われた日。
帰りの車の中は、静かでした。
夫も何を話していいのか分からなかったのでしょう。
私も同じでした。
ただ窓の外を見ながら、
「なんで私たちなんだろう。」
そのことばかり考えていました。
通院が始まると、生活は一変しました。

朝から病院へ行き、採血。
エコー。
薬をもらい、仕事へ向かう。
診察時間は毎回違う。
急に呼ばれることもある。
職場へ頭を下げ、
「また病院ですか?」
そんな空気を感じることもありました。
でも夫は普通に会社へ行きます。
もちろん悪いわけではありません。
男性にはどうすることもできないこともあります。
それでも、
「どうして私だけなんだろう。」
そんな気持ちが少しずつ積み重なっていきました。
毎日の自己注射
夜の決まった時間になると、時計を見ます。
アルコール綿。
注射器。
薬液。
最初は怖くて手が震えました。
「本当に自分で刺すの?」
そう思いながら、お腹に針を当てます。
「せーの。」
チクッ。
痛みよりも、
「私は何をしているんだろう。」
その気持ちの方が大きかった。
終わったあと、涙が出る日もありました。
夫は
「お疲れさま。」
と言ってくれます。
優しい。
本当に優しい人です。
でも、
代わってはくれない。
代われない。
それが現実でした。
判定日が近づくと、私は毎日検索していました。

「BT7 陰性から陽性」
「フライング 検査薬」
「症状なし 妊娠」
スマホの検索履歴は、そればかり。
一日中、不妊治療のことを考えていました。
でも夫はテレビを見て笑っている。
ゲームをしている。
休日は友達と遊びに行く。
その姿を見るたび、
「どうしてそんな普通に過ごせるの?」
と思ってしまいました。
もちろん、夫には夫なりの苦しみがあったのかもしれません。
でも私には見えませんでした。
見えないからこそ、
「私だけが頑張っている。」
そんな気持ちになってしまったのです。
「考えすぎじゃない?」

一番忘れられない言葉があります。
判定日。
結果は陰性でした。
病院のトイレで泣きました。
帰宅して夫に伝えると、
「また次があるよ。」
と言われました。
私は泣きながら、
「もう無理かもしれない。」
と言いました。
すると夫は、
「そんなに考えすぎるから疲れるんじゃない?」
そう言いました。
悪気なんて一切ありません。
励まそうとしたのでしょう。
でも私は、
「考えない方法があるなら教えてよ。」
そう思ってしまいました。
お腹に注射を打つのも私。
薬を飲むのも私。
体調が悪くなるのも私。
毎月、生理が来るたびに絶望するのも私。
どうしたら考えずにいられるのでしょう。
ケンカではなく、無言になりました。
昔なら言い返していたと思います。
でも不妊治療が始まってからは違いました。
言葉が出ません。
話す気力もありません。
夫も何を言えばいいのか分からない。
食卓にはテレビの音だけ。
こんなに近くにいるのに、
こんなに孤独なんだ。
そう思いました。
本当は、何かをしてほしかったわけじゃない。
後になって気付きました。
私は夫に治療を代わってほしかったわけじゃありません。
無理なのは分かっています。
病院へ毎回来てほしいわけでもありません。
ただ、
「今日は辛かったね。」
「よく頑張ったね。」
「一緒に頑張ろう。」
その一言が欲しかっただけでした。
正解なんていりません。
励ましもいりません。
ただ、同じ気持ちでいてほしかった。
それだけだったのです。
あの頃の私たちは、お互いに苦しんでいました。
今なら分かります。
夫も父親になりたい気持ちは同じでした。
でも男性は、「何もできない苦しさ」を抱えていたのかもしれません。
どう励ませばいいのか分からない。
何を言っても傷つけてしまう。
そんな葛藤があったのでしょう。
だからこそ、不妊治療は夫婦でたくさん話すことが大切なのだと思います。
「私は今、こう感じている。」
「あなたはどう思っている?」
答えを出すためではなく、お互いの気持ちを知るために。
あなたへ
もし今、パートナーとの温度差に苦しんでいるなら、それは決して珍しいことではありません。
多くの夫婦が、一度は同じ壁にぶつかります。
そして、その壁を乗り越えた夫婦もたくさんいます。
あなたが感じている孤独は、決して弱さではありません。
毎日治療と向き合い、希望を持ち続けているからこそ感じる痛みです。
どうか、「私だけがこんな思いをしている」と自分を追い詰めないでください。
あなたと同じように、隣にいる人を愛しているのに、うまく気持ちを伝えられず涙を流した人がいます。
そして今日も、誰かがその孤独と闘っています。
あなたは、一人ではありません。
